挫折も転職も、全ての経験が糧になる
2013年に連載がスタートし、コミックの累計発行部数は450万部を突破、2019年にはテレビドラマ化もされた人気漫画『死役所』。だが、デビューに至るまでには、さまざまな挫折も経験したとあずみきしは語る。
大分県に生まれ、2人の兄の影響で漫画を描き始めたあずみ。小学2年生ですでに雑誌への投稿を始め、4年生の時の文集に書いた将来の夢は「漫画家」。中学、高校、短大へと進学をしても投稿は続けていた。
「漫画を描いたら投稿するという流れが、自分の中で自然とできていたんです」
担当編集者は付いたものの、なかなかデビューには至らなかった。そんな時短大の教授が教えてくれたのが上月財団の「クリエイター育成事業」だった。あずみは過去に2度、助成対象者に選出された。
上月財団の「クリエイター育成事業」では、助成対象者に定期的に作品提出を義務付けている。
「それまではいくら漫画を描いてもボツばかりで一切お金になりませんでした。それが助成対象者に選ばれて、初めて自分の作品でお金をいただけるという感覚を味わえました。創作活動の張り合いになりましたし、とてもよい経験になりました」
助成金は画材などに充て、アルバイトをしながら創作活動に励む日々。担当編集者から「アシスタントを探している漫画家がいる。勉強になるから東京に来ないか」と誘われたのは、そんな時だった。だが、助成金の一部を充てて引っ越した東京での生活は厳しいものだった。
「当時の担当編集者と相性が悪かったんです。結局私には描けない、才能がないと精神的に追い詰められてしまって。1年で逃げるようにして、大分に帰りました」
大分に戻ってからは臨時職員として市役所に勤務。一時は漫画から離れたが、夢を諦めきれず投稿も再開、新たな担当編集者も付いた。
「だけど当時は東京でのトラウマがあって、アドバイスをもらっても素直に聞くことができませんでした。何を言われても、自分の好きなものだけを描いて投稿していました」
そんな時に出会ったのが、現在の『死役所』の担当編集者だった。これまでのほのぼのとした作風から一転、試しに描いたブラックな漫画を彼は「面白い」と褒めてくれた。
「それまで私の漫画は一度も褒められたことがありませんでした。彼に初めて面白いと褒めてもらえたことで、ようやく自信を持てるようになったんです」
その担当編集者は「デビュー作でいきなり連載を任せることは珍しいのですが、それだけの才能と力はあると判断しました」と当時を振り返る。だが、連載が始まっても、人気が出なければ打ち切りになる。あずみも人気がなければ2巻で打ち切りと言われていた。
「ただ、打ち切りに対しての恐怖よりも、漫画を描けることへの喜びのほうが大きくて、売れるかどうかは考えていませんでした」と笑う。
『死役所』は成仏するための書類を作成するために死者が訪れる役所で、現世の思い出や事件をたどるというストーリー。そのアイデアは臨時職員時代の経験が基になっている。
「役所は申請書がものすごく多いんですね。勤務中にふと『自殺申請書』があったら嫌だなと考えたことがあって。これを漫画にできないかとイメージを膨らませて生まれたのが『死役所』です」
連載スタートから間もなく10年目を迎えようとしている。
「辛いこともありましたが、今は全ての経験が糧になっていると感じています。だから漫画家を目指す若い方には、ぜひいろいろな経験をしてほしい。漫画をたくさん描くことも大切ですが、社会人を経験すれば、社会の仕組みがわかって、新しい引き出しが生まれる。漫画家のなかには40歳、50歳になってデビューした人もいます。回り道を恐れずに、いろいろなことにチャレンジしてほしいと思います」