夢は大きく、目標は身近に
東京オリンピック柔道男子100kg級に出場し、同階級では5大会ぶりとなる金メダルを獲得したウルフアロン。その素顔は茶目っ気にあふれ、取材中も時折ジョークを交えながら、場の雰囲気を和ませる。飾らない人柄は人気を呼び、五輪後はテレビ番組やCMなどに引っ張りだこ、自らYouTubeチャンネルも開設した。ここまで積極的にメディアに登場する理由の1つには、柔道界に貢献したいという思いがある。
「柔道は野球やサッカーに比べたらファンが少ない競技です。だからこそ競技に支障がないレベルではありますが、なるべく表に出て『こんな選手がいるんだ』と柔道に興味を持ってもらえたらうれしいなと思っています」
ロケなどで地方を訪れた際には、地元の柔道場を調べ、できる限り訪問して子どもたちとの交流も持つようにしている。だが、子どもの頃のウルフは柔道を面白いと思ったことがなかった。体が大きかったことから、祖父に勧められて始めたものの、真剣に打ち込むことができず、中学2年生の時には後輩にも負けるようになった。
「さすがにプライドが許さなくて。ここまでやってきたのだから、中学を卒業するまで全力で取り組んでみようと決意しました」
全力で打ち込み、試合で勝てるようになると柔道は徐々に面白いものになっていった。中学3年生では関東地区2位になり、この先も競技を続けていくことを決めた。
「今考えると、全力で取り組まなかった自分に面白いとか、面白くないとか言う資格もなかった気がします」
2015年、全日本学生柔道優勝大会。ウルフ擁する東海大は団体戦8連覇を目指し、筑波大との決勝に臨んでいた。両校一歩も譲らない展開で、勝ち点は同点。代表戦にもつれ込み、命運は2年生のウルフに託された。
「そこで2階級下の81kg級の永瀬貴規選手に負けてしまい、連覇を止めてしまったんです」
体重別競技の場合、体重が重いほうが圧倒的に有利になる。それでもウルフは負けた。
「それまでの僕の柔道は力ずくで相手を倒しに行くスタイルでした。でもレベルが上がるほど技術が必要で、力だけでは勝てないことがよくわかりました」
相手の隙を読み、何をされたら嫌がるのかを研究するようになった。
上月財団の「スポーツ選手支援事業」の認定選手に選ばれたのはそんな時だった。
「大学生ではまとまったお金を稼ぐことはできない。1年生の時は毎月親から仕送りをしてもらっていましたが、あまり余裕はなくて。選手は食べることもトレーニングの一環ですが、食費も安く済むように抑えていました。助成金のおかげで、仕送りをしてもらわずに済むようになり、親孝行にもなりました」
助成金は遠征費やトレーニング用具、食費などに充てた。2017年と2019年には世界柔道選手権でメダルを獲得、その功績により「上月スポーツ賞」に選ばれた。
「柔道は国内の大会で優勝をしても、賞金などがあるわけではありませんから、とてもありがたいことでした。賞金は自分の柔道にプラスになることに使おうと思ったのを覚えています」
柔道に興味を持てず、オリンピックで優勝したいと考えたことすらなかった少年時代。だが、全力で向き合い、ようやく立ったオリンピックの舞台は、他の大会とは違う空気が流れていた。
「毎年行われる世界選手権と比べて、選手の顔つきが違って、一人ひとりのかけている想いの重さを感じました。あそこで勝ち切ったことは価値のあるものだったと思っています」
金メダリストとなったウルフの胸には、今も子ども時代の恩師の言葉がある。
「夢は大きく、目標は身近に」
大きな夢を持つことも大切だが、目標は身近に設定し、1つずつクリアしていくことで、最終的には大きかった夢が身近な目標となる。足元を見つめ、一歩ずつ進むことが大切だという教えだ。教えのとおり歩を進め、頂点に立ったウルフは今後どんな一歩を踏み出すのだろうか。