「スポーツ選手支援事業」選考委員座談会

成長を支えるサポートで
競技に対する意識が変わる

「上月スポーツ賞」表彰式
2019年度「上月スポーツ賞」表彰式で山口香理事、ゼッターランドヨーコ理事にインタビューされている受賞選手

本財団は2002年からスポーツの分野に力を入れ、将来が期待される若手選手の育成およびスポーツ活動に打ち込める環境を整えるための支援を行ってきました。

「上月スポーツ選手支援事業」認定式や世界規模の大会で優秀な成績を収めた認定選手に贈られる「上月スポーツ賞」の表彰式も定着しています。

本事業の選考委員を務める元オリンピックメダリストの3名に、30周年記念誌の座談会に続いて登場いただき、本事業の意義や支援アスリートへの想い、東京五輪を踏まえてスポーツ界の10年間の変化などについて語ってもらいました。

参加者プロフィール

五十嵐 久人

五十嵐 久人(いがらし ひさと)

新潟大学 名誉教授

国際大学スポーツ連盟(FISU) 理事

1976年/
モントリオールオリンピック男子体操団体総合
金メダリスト
ゼッターランド ヨーコ

ゼッターランド ヨーコ(日本名 堀江陽子)

日本女子体育大学 准教授

公益財団法人日本スポーツ協会 常務理事
スポーツキャスター

1992年/
バルセロナオリンピック(アメリカ女子バレーボール代表) 銅メダリスト
山口 香

山口 香(やまぐち かおり)

筑波大学体育系 教授

1988年/
ソウルオリンピック 柔道女子 52㎏級
銅メダリスト

ジュニア選手を支援する大きな意義と強い思い

五十嵐ついこの間30周年記念誌の座談会を行ったと思ったら、もう10年が経ったことに驚きました。それにしても40年というのは長い年月ですよね。財団が設立された1982年当時は、バブル景気直前で、企業もスポーツに力を注いでいて、企業チームもたくさんありました。ところが時代とともにどんどん手を引いていかざるを得なくなって。そのなかで支援を継続してきた上月財団は、フロントランナーとしてすごく大きな役割を担ってきたと思っています。

ゼッターランド本当にそうですよね。私が携わってきたバレーボール界はまさに企業スポーツの衰退を目の当たりにしてきました。90年代後半には結果を出してもチームは存続できないということもありました。

山口上月財団は若い選手に活躍の機会を与え、それをサポートし、選手が健全に育ち、社会にそれを還元していくというロールモデルになっていますよね。

五十嵐この10年で変わったところといえば、2014年に支援の対象が小・中学生まで広がったことが大きな変化でしたね。

ゼッターランド小学生を助成することになった時は、眼から鱗が落ちるような思いでした。実際、世界の流れとしてはアスリートが低年齢化していますから、それに遅れてはならないという着眼点は本当にすごいです。

山口小学生の選手を選考するというのは非常に難しいものです。例えば体の成長が早い子もいれば、遅い子もいるので、どのように成長をするかわかりませんし、正直にいえばトップ選手になれなかった選手もいます。では、そういった子どもを支援するのが無駄かというと、「そうではない」という考えに財団が立っていることこそが重要だと思っています。支援を受けたことに感謝し、スポーツに打ち込んだことを糧にして、社会人として成長していく。そこまで想定して支援を決断したことは、本当に意義のあることです。

五十嵐一方で、実際に助成をした子どもたちが今回の東京五輪や北京五輪では、メダルを取るまでに成長していて。その姿を見ると助成してよかった、委員として携わってきてよかったと思いますよね。

山口本当に成長していく姿を見ると、歴史に立ち会ったような気持ちになりますし、上月景正理事長の育成への強い思いを感じます。

五十嵐僕が思い出深かったのは、コナミ以外のスポーツクラブの選手を助成対象に選んだことです。コナミの創業者である上月理事長が立ち上げられた財団ですから、他のクラブの選手は対象外となってもおかしくない。ところが「どこの所属であろうが構わないので支援しましょう」とおっしゃられて。この財団は本当に懐が深く、幅広くいろいろなジャンルやレベルの選手たちを支援するんだと感じ入りました。

助成を受けることで競技やスポーツ界への向き合い方に変化も

ゼッターランド「上月スポーツ賞」の表彰式では選手たちの意外な一面を見られるのが楽しいですよね。山口さんが卓球の伊藤美誠選手に「このお洋服は自分で選んだんですか?」と質問されたりして、山口さんのインタビューは特にいつも楽しみにしています。(笑)。

山口石川佳純さんもそうですね。最初は制服と運動靴だったのが、メイクをして素敵な装いで出席されて、女の子から女性になっていかれて。アスリートとしての成長と、人間としての成長を感じますよね。
それに、この10年で表彰式の取材メディアがすごく増えたと思います。スポーツ界における上月財団の貢献や知名度が上がり、社会的に評価をされていると感じられることはすごくうれしいですね。

ゼッターランド表彰されたアスリートのインタビューやスピーチにも変化を感じます。選手が低年齢化をしてくると、必然的に家族の負担は大きくなっていきます。競技団体によっても違いますが、遠征費の一部負担や全額負担もありますし、選手自身のコンディションを整えたり、けがをしないための予防的ケア、けがの治療などを行ったり、それぞれは小さい金額でも積み上がると大きな出費になります。
選手たちは助成金があるからこそ、自分が活動できることを知り、それが励みにもなり、今度は自分がどのような形でスポーツ界に還元していけるだろうかと考えるようになる。そういう想いが選手たちの言葉から伝わってきます。

山口学業でも経済格差が進学先を決めるといわれていますが、同様にスポーツにおいても親がどれだけ子どもに時間や費用を割くことができるかが大きく影響している時代です。国や競技団体から支援が出ることもありますが、合宿費や遠征費など、使い道がひも付いていることが多い。財団の助成金は支援の在り方としてとても価値があると思います。そこには「芽が出ればみんな応援してくれるけれど、その芽が出る前をどうやって支えるかが重要」という上月理事長の揺るぎない信念が感じられますよね。これからの時代はますますその価値が上がっていくと感じています。

謝辞を伝える石川佳純選手
2018年度「上月スポーツ選手支援事業」認定式・「上月スポーツ賞」表彰式で謝辞を伝える石川佳純選手

東京五輪を機にスポーツの在り方が問われることに

ゼッターランド社会も変わりましたよね。80年代はアスリートとお金を結び付けることはよくないという風潮がなんとなくありましたが、近年は彼らの活動実態がオープンになってきて。「そんな大変な思いをして、これほどの結果を出したの?もっとサポートが必要じゃない?」という雰囲気が世論を動かし始めているのを感じます。徐々に支援の必要性に気付いていただけたのはよい流れでしょう。ただし、アスリートも支援を求めるだけになってしまうのは少し危険ですね。

山口私は、国はもっと長期的な視点で全ての年代でスポーツ活動に携われるような環境を整える責務を持っていると思うんですね。特に日本は資源がない国だといわれていて、人が財産だ、人が資源だという割には、教育費も他の先進国に比べると低い。誰もがスポーツに親しめる環境や文化的な土台があるかというと疑問に感じるところがありますし、スポーツに携わっている人間からすると非常に歯がゆい。スポーツは文化なんだと語れるアスリートを育てていくことは大切だと思うのですが、これについて五十嵐先生にご意見を聞いてみたいと思っていたんです。

五十嵐実はある大学の教育学部でスポーツ教育が廃止されまして。「スポーツ文化はとても大切なので、教職課程以外の学科があってもよいのではないか。なくさないでほしい」とお話をしたのですが、ある先生から「スポーツ文化なんてない」と言われてしまいました。日本においてスポーツ教育は、結局、体育教育なんです。保健体育の先生がスポーツも教えられる、義務教育や高校の授業などでスポーツ教育はできるという考え方ですね。
それでは人生100年時代といわれる世の中で、高校を卒業してから老人になるまで、どうスポーツをするのか。その観点に立ったスポーツ教育はなされていない。日本にはまだスポーツ文化が根付いていないと僕も思います。

ゼッターランド私自身もスポーツは文化であり、人をポジティブに動かすものと考えているのですが、今回東京五輪があって、開催されればスポーツ文化が醸成できるだろうと単純に考えていたところがあったのではないかと、すごく葛藤しました。

五十嵐半ば強引にという表現はおかしいかもしれませんが、「やるも不本意、やらぬも不本意」という雰囲気の中で開催されたことによって、僕は日本の大衆からスポーツを少し遠ざけてしまったんじゃないかと感じています。開催に対して、金銭的な面でも、また見たいと思ってもらえるような姿勢を示すという面でも、スポーツ界は未来に対して重責を背負っていると思います。

ゼッターランドそうですね。脚光を浴びる五輪や世界大会は、とても華やかであるがゆえに、あくまでも自分たちは社会の一部であるということを忘れてしまっているんじゃないかと思わずにいられない時がありました。スポーツは社会の中でどのような位置付けにあるのか。スポーツ界全体の発展のためにも、そういった観点で取り組んでいくことが大切ですよね。その上で何十年と経ってから、東京五輪の評価が決まるのではないかと思っています。

五十嵐東京、北京は大変な状況のなかでの開催でしたが、歴史を紐解くとスペイン風邪の流行後に行われた1920年のアントワープ五輪、人種差別によるテロ騒動があった1972年のミュンヘン五輪、1980年のモスクワ五輪では東西冷戦によるボイコットもありました。人種差別、テロ、戦争、コロナ、いろいろなものに対してスポーツ界はどのような姿勢でやっていくのか、改めて危機管理の問題も問われた大会だったと思います。

山口これがスポーツ文化が成熟したヨーロッパでの開催だったら、また違う議論になっていた可能性があったでしょうね。

五十嵐ただ、よし悪しは別として、パンデミックの中で東京が五輪を開催したことはレガシーになるでしょうね。

ニュースポーツにも助成の幅を広げチャレンジし続ける

五十嵐東京五輪ほど、平等性や多様性などが浮き彫りになった大会もなかったと思います。例えば、ニュージーランドのトランスジェンダーの女性が初めてウエイトリフティングに出場しました。体操女子アメリカ代表のシモーネ・バイルズ選手は、心身のコンディションを考慮して自ら競技を途中で断念しました。五輪ではありませんが、大坂なおみ選手も記者会見をしないことを表明するなど、近年ロールモデルとなる選手が自分も一人の人間なんだと声を上げ、心のケアもちゃんと訴えるようになってきましたよね。
陸上や卓球、水泳、柔道などの男女混合団体なども今大会から採用されましたし、スケートボードなどのストリートスポーツも今大会から行われたものです。またアスリートが五輪で政治的、宗教的、人種的な宣伝活動を行うことは御法度でしたが、一部が緩和されました。そう考えると五輪の歴史の中で東京大会は1つの節目となったのではと思っています。

山口ニュースポーツのアスリートには、われわれの世代が持っていた根性論からの脱却を見せてもらいましたよね。次世代の子どもたちのパフォーマンスは、スポーツはこんなに楽しいんだ、楽しむというのはこういったことだとつぶさに見せてくれました。

ゼッターランド振り返るとこの10年でいろいろなことがありましたね。これからの10年もあっという間に過ぎていきそうです。

山口eスポーツやスポーツクライミングなどの新種目にも助成の幅を広げるなど、新しいことに常にチャレンジしてきたのが上月財団の素晴らしいところだと思っています。次の10年も新たなチャレンジを期待したいですね。

※本サイトは、2022年に上月財団が設立40周年を迎えるにあたり記念事業の一環として刊行した記念誌をWeb化したものです。